放言集目次
2002年11月に無茶々園では消費者会員の皆様を対象に無茶々園の栽培についてのアンケートを行いました。その結果を受けて片山元治が機関紙「天歩」向けに書いた文章です。
開き直った田舎と明日を担う百姓達のうめき声

 何の因果か私達はこの十数年温暖化と異常気象に悩まされ続けながら生きた化石のように営々とミカン作りに精を出してきました。気が付いてみれば、回りは爺ちゃん婆ちゃんばかりで集落や自治体の機能はマヒ寸前であります。情報が瞬時に世界中に届き地球の裏側まで1日で行ける時代に、故郷で額に汗しながらゆったりと生きていくことがこんなに難しいものなのでしょうか。無茶々園を始めて約30年。15年ほど前から異常気象の影響は深刻になり、ミカンの平均反収が半分になってしまいました(全てが異常気象のせいとは言えませんが…)。このまま過疎化が進めば私達の町は50年以内に絶滅します。どこの国でも豊かさと引換えに田舎が滅亡しようとしています。

 昨年は農業にとって惨めなことがたくさんありました。狂牛病から無認可・期限切れ農薬の使用、不当・偽装表示、外国産農産物の不当混入等々。消費者の皆様は大変驚いたようですが、これが当り前だったのです。消費者はドクを薄く撒かれていました。しかしながら実質の被害を受けたのは農家です。「信頼回復のために農家は必死の努力」と新聞に大きな見出しが躍っていました。冗談じゃないです。信頼を回復しなければならないのは食べる人と売る人、そして食べ物を管理する人です。農家は売っている農薬の中身まで詳しくはわかりません。BSEの肉骨粉など知るすべもなかった。結局誰も責任を取らず、牛飼いの一人損です。

 外国の農産物が農薬の問題から輸入停止になり、低価格に悩まされていた農家は仇をとったように思いました。多くの農家は仇を中国や東南アジアの農家のように思っていますが、とんでもない誤解です。仇は消費者・輸入商社です。安い食べ物にはともすればドクがあることを知るべきです(高いものにドクがないとは限りませんが)。それにしてもこの実質被害者も中国や東南アジアの農家なのです。彼らもドクとは思わず薬として使っているのです。

 無認可・期限切れ農薬の問題は国産農産物にも波及してきました。それらを使った農産物のごく一部が廃棄処分になりました。危機管理能力が極端に低かった農家・農協が人身御供にさせられました。これも責任がうやむやのまま終息しそうです。都市では氷山の一角が表に出ただけで大騒動しているのに、今も多くの農家はドクを使わなければ農業ができない仕組みになっています。美味しさを追求するあまり病害虫に弱い品種を育成してきたのです。農家への農薬の影響は消費者に比べてはるかに高いのではないでしょうか。少しはドクと感じている人も、生活をかけている以上、病害虫が発生した場合使わざるを得ません。何とも哀れな話です。

 不当表示の問題もほとんどは農家が行ったものではなく、しかし結果的に農家が実質損失を被ったものばかりです。白砂糖が黒砂糖より、ハムやソーセージが肉よりなぜ安いのでしょうか。トレサビリティーなど安さを追求し過ぎればどうにでも変えられるのではないでしょうか。

 汚染がますます深刻になる中で、都市の人が本当に安全な食べ物を食べるのは人工衛星で宇宙へ行くより難しくなってきたように思います。安心・安全な食べ物が欲しい方は、じっくり顔の見える信頼関係を作ること、緑の地球のために社会的義務を果たすことだと思います。世の中、安全な食べ物を欲しがる割には安心して食べることは考えないようです。

 今、田舎は高齢化とグローバル化の中で開き直っています。息子も何とか都会で食っていけとる。異常気象は毎年当り前。訳の分からぬ農薬問題。百姓の収入じゃ食べていけない。後を継がせずに良かった。わし等は食うほど作ればええ。こうゆう考えが日本列島充満しています。もうすぐ農家は音を立てて激減します。愛媛のミカン山も近いうちに3分の1は減ると思います。

 食べ物の安全を100%化学レベルで管理することは不可能だと思います。安心で安全な農作物は「地域文化と家族農業」を維持する以外にないと思っています。「世界の家族農業と地域文化を守れ」ということです。機械や道具は近代化しても、化学肥料も農薬も使わず、何代も営々として作り継がれた農産物こそ安心して食べられるものではないでしょうか。

 農林省や農協は、安心安全な食べ物を心から欲しがる消費者と、苦境の中でも農業で生きようとしている若手農業者にとって、今までは信頼できませんでした。それが少しずつあてになり出しました。本当は大切な組織なのです。農業を自分の代で終わらせようとしている農家には必要ありません。この辺が昨年少し変化したところでしょうか。しかしながら、後継者のいない高齢者が圧倒的多数を占める地域で、高齢農家が実権を持つ農協で何が出来るのでしょうか。日本列島隅々からやるせない若手農業者達のうめき声が聞こえるような気がします。

 ところで皆さん、夕立・朝立ちを知っていますか。私の子供の頃はよく夕立に合いました。入道雲から始まる過激な自然現象が強烈な記憶に残っています。今の若者は夕立らしい夕立に会ったことがないのでは…。最近は若者達の精子の数が減少しているそうです。朝立ちしない若者が多くなったのではないでしょうか。田舎におって日々生物達を観察していますと、個体数も種類も昔と比較にならないほど少なくなりました。最近は体も小さくなってきているように思えます。そして産卵や出産時期が狂ってきているようにも思えます。生命の多様化こそが地球進化のバロメーターと思っていましたが、生命の単純化が始まったのでしょうか。そのうち人間も佐渡の朱鷺のように生きながらにして滅亡を待つような事態に直面するのではないでしょうか。

 アンケートにたくさんのご回答頂き有難うございました。皆様の貴重なご意見を心の糧として、地球の生き物としての義務を果たせるよう、ノラリクラリト楽しく頑張りたいと思っています。

2003年2月

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